あの日のポートレイト・イン・ジャズ

10年ほど前にひっそりと書いていたブログ(もう閉じてしまった)の記事をふと思い出し、ちょっと修正して転載。

——–転載はじまり。

ある夏、実家に帰っていたときのこと。
そのとき私は、人生最大につらくて、薄い酸素の中で精一杯呼吸しているような息苦しさだった。

そんな中で、両親の前で楽しく振る舞うのはきつくて、それでも最大限、いつもと変わらず、幸せなふりをしていた。昔スノボにはまっていた頃、ラフな服装で帰省すると「生活が荒んでいるのか」と不評を買い、叔父にも「そりゃそうよ、ひさしぶりに親に会うときはおじちゃんも一張羅を着たもんよ。そうやって、ちゃんとやってるところ見せるのが子の務め」と教育的指導を受けたからだ。

2階の父の書斎でひとり寛いでいると父がやってきて、籐のリクライニング・チェアを引っ張り出してきて私を座らせ、私がジャズ好きの父にプレゼントした「ポートレイト・イン・ジャズ」をかけてくれた。

実家は山裾にあるので、夏でも山から冷たい風が流れてきて、2階の窓は、山の緑や空の青で埋まっていて、遠いセミの声とか、それが止んだときの静寂とか、「ああ、夏休み」を実感できる場所なのだ。

そして、ビリー・ホリデイのWhen You’re Smiling が聴こえてきた。

When you’re smilin’ keep on smilin’
The whole world smiles with you
And when you’re laughin’ oh when youre laughin’
The sun comes shinin’ through

But when you’re cryin’ you bring on the rain
So stop your sign’in
Be happy again
Keep on smilin’
Cause when you’re smilin’
The whole world smiles with you

なにかわからない気持ちが湧いてきて泣きそうになって、たぶん、ヒリヒリした心がじんわり癒やされていたのだと思う。

実家から大阪に戻る前、両親は私に、「体調が悪いんだったら、ちゃんとレントゲンをとりなさい。肺気胸とか、いろいろあるから」と真剣な顔ですすめた。
駅まで車で送ってくれた叔父と叔母が、こう漏らした。

母が電話で、「帰ってきたけれど元気がなくて、どこか体が悪いんじゃないか」と心配していた、と。

虚勢を張ったところで、親の目はごまかせない。

帰りの電車で、ありがたくて、ありがたくて、ボロボロと泣いてしまった。

——–転載おわり。

あれから月日は流れ、2016年、夏。

2週間ほど前に急遽、仕事で1週間あまり初めてアメリカへ行くことが決まった。月曜日に出発の予定。
両親に報告すると、速攻でお守りと激励の手紙が送られてきた。
カード入れにぴったり収まる笑

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もう、あの頃のように心配してはいないはず。この10年で、多少は強いところも見てもらえたと思うから。

移動時間が長いけれど、今年は特に駆け足で過ぎていくように感じているので、たっぷり考えてあれこれ書き留めたい。もちろん、仕事をまっとうできるようしっかり準備もしなくては。

ポートレイト・イン・ジャズを聴きながら。

 

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